sakura
一心法界とは


 我々の心とそれをとりまく環境(宇宙)との関係について、非常に興味深い、そして極めて不思議な遺文がある。

《原文》
 「唯所詮一心法界の旨を説顕すを妙法と名く、故に此経(理)を諸仏の智慧とは云なり。
 一心法界の旨者十界三千の依正色心・非情草木・虚空刹土いづれも除かず、ちりも[残らず]、一念[の心]に収て、此一念の心法界に遍満するを指て万法とは云なり。
 此理を覚知するを一心法界とも云なるべし。」(平成校定日蓮大聖人御書 p63)


《平文》
 「唯(タダ)所詮(ショセン)一心法界の旨を説き顕はすを妙法(ミョウホウ)と名づく、故に此の経を諸仏の智慧とは云ふなり。
 一心法界
(イッシンホウカイ)の旨とは十界三千(ジッカイサンゼン)の依正(エショウ)・色心(シキシン)・非情草木(ヒジョウソウモク)・虚空刹土(コクウセツド)いづれも除かず、ちりも残らず、一念の心に収めて、此の一念の心法界に遍満するを指して万法(バンポウ)とは云ふなり。
 此の理(コトワリ)を覚知するを一心法界とも云ふなるべし。」(平成新編日蓮大聖人御書 p45)


 これは日蓮大聖人が建長5年(1253)に宗旨建立されて2年後に著された「一生成仏抄」にある一節である。
 また、「就註法華経口伝上 普賢品六箇の大事」にては、一心法界(一心一念遍於法界)を一切法是心(法界を一心に縮むる義・不変真如の理)と心是一切法(法界を開く義・随縁真如の智)とに立分けて論じられている。

 上述の文を私訳すると、
「詮じて言うと一心法界の原理を説きあらわした経を妙法と名付ける、それゆえにこの経を諸仏の智慧というのである。
 一心法界の原理とは、十界(じっかい)・十界互具(じっかいごぐ)・十如是(じゅうにょぜ)・三世間(さんせけん)が複合した心宇宙における、環境と主体、物質界と精神界、心を持たない存在や非生物、虚空と微小空間など全てが、一塵をも残すことなく、一念の心に収まることをいい、また、一念の心が法界(宇宙の森羅万象すべての事物・事象)にあまねく満ちわたることを万法(森羅万象にわたる法則であり一切法とも言う)という。
 また、この普遍原理を覚知することを一心法界ともいう。」

 更に平易に言えば、
 「宇宙の森羅万象の事物・事象は全て一念の心に凝縮して収まっており、また一念の心が宇宙の森羅万象に際限なく拡汎することを一心法界という。」
 ということになるのであろうか。


 とてつもなく信じがたいことではある。

 しかし、次に述べるように仏法の諸原理と最新の科学成果に則って精密に思考すれば理論的にはこの「一心法界」は成立する。

 まず「一念の心」とは一念三千の場として「心」が定義されることより、その心の一瞬の様相(一念)には、十界・十界互具・十如是・三世間が深く関わっていることになる。

 これを個別に見ていけば以下のことが心に直接・間接に付随して働いていることがわかる。

 ① 三世間はまさに依正不二が働いている姿を三つの異なった視点から明らかにしたものである。また、十界・十界互具・十如是も依正不二を前提として成り立っている。すなわち、心は依正不二を前提として存在しているといえる。
 ② 心は物質としての身体(肉体)を器(基盤)として存在し機能しており、その物理的・化学的組織の中で精神活動が行われている。すなわち、心はまさに色心不二の当体と言える。

 ③ 生物学的にみると、マイクロ
バイオーム(体内細菌の複雑な生態系)における自分の身体(正報)と環境(依報)としての共生細菌とは依正不二の関係となっている。更に物理学(量子論)的にみると、身体の境界と環境(宇宙)との境界を明確に区分できない事実は依正不二の物理的根拠と言えよう。これらのことは心と身体の関係から、心と宇宙においても依正不二の関係があることになろう。
 ④ 非情草木・虚空刹土は微塵も含めて国土世間(三世間のひとつ)の構成要素である。

 以上より原理的に、心の物質的側面と精神的側面の関係、更にはその心当体とそれをとりまく全ての環境・宇宙との関係、が一体不可分の状態(不二)にあることがわかる。

 従って全ての環境すなわち宇宙が心にそのまま細大漏らさず影響を与えている状態にあると言える。またこのことは、心から見た場合、心の働きが環境・宇宙の中に細大漏らさず拡汎して反影していることも理論上同時に成立していることになる。

 本抄で思惟した日蓮大聖人の御抄は、前述のように仏法の諸原理などを駆使すれば理論的に理解することができるが、重要なことはこの文の元意は、仏の境涯における仏の悟りの実感として述べられていることにある。
 理論が理論としての思考の結果として真理を認識するのではなく、仏の心の深い次元での実在認識となっていることに私は深い感銘を覚える。

 最後に、「一心法界」は人の心に備わった非常に特異な能力である「祈り」が自身と外界に影響を与える大前提となる原理であることを述べておき本抄を終えたい。

[参考文献など]
 KOzのエッセイ#019 「不二(ふに)とは」
 KOzのエッセイ#042 「ヒトの細胞と共生細菌」

 KOzのエッセイ#043 「心の実相 (1) 十界」
 KOzのエッセイ#044 「心の実相 (2) 十界互具」
 KOzのエッセイ#045 「心の実相 (3) 十如是」
 KOzのエッセイ#046 「心の実相 (4) 三世間」
 KOzのエッセイ#047 「心の実相 (5) 一念三千」

 KOzのエッセイ#079 「心とは」
「一生成仏抄」平成校定日蓮大聖人御書 第一巻(大石寺)
「一生成仏抄」平成新編日蓮大聖人御書(大石寺)
「就註法華経口伝 上」平成新編日蓮大聖人御書(大石寺)