048_rl区分言語地図
日本語の源流


 日本語はいつどのようにして形成されたのであろうか? 日本人の誕生と日本語の発生は一致するのであろうか?
 この疑問は長い間の未解決の課題となっていた。

 明治に入りヨーロッパより比較言語学が移入され、日本の言語学者はもっぱらこの最新の方法論をもとに日本語のルーツを探るべく多大な労力を使い研究を重ねてきた。
 インド・ヨーロッパ語族では顕著な成果を上げていた比較言語学ではあったが、日本語に関しては百年以上をかけても納得のいく成果が出てくることはなかった。
 比較言語学によって日本語とは何かを探索することは、日本語と同系統の言語は何か、という視点に基づいて日本語と似た語彙や言葉を持った他言語がないかを探す作業であった。比較言語学の成果は系統樹と呼ばれるモデルでさまざまな言語の派生経路を示すことに帰着するが、日本語の場合はその派生の枝分かれする元が見つからないことであった。このため日本語がどの語群に属するのかも諸説が入り交じるだけで、主張の論拠もことごとく反証され混沌とした状況にあった。

 比較言語学によって日本語のルーツが解明できなかったことは、次の事実を強く示唆することになる。

 (1) 日本語の誕生は少なくとも6000年以上前にさかのぼる必要
   がある。
  (言語は約1000年で約20%の基本語彙が失われるとされ
   ており、約6000~7000年経過するとほとんど元の語彙が
   消失してしまい残らないことによる。)
 (2) 言語は系統(枝分かれした)純血言語だけではなく、合
   流や混流もあり、いわゆるハイブリッド言語(混血言語)に
   ついては比較言語学に方法論的限界がある。

 このような状況の中で、言語学者の松本克己博士の類型地理論は日本語のルーツを探る上で特筆すべき成果を上げたと思われる。松本博士の提示した新説・日本語系統論は、次の8つの特徴で世界中の言語を分類しそれを地図上で表示することにより、日本語のような孤立言語(語群に属させることが困難な言語)をも含めて明瞭な関係性を示すことができる。

 ① 流音のタイプ
   (ラ音に「/r/」と「/l/」の区別があるかないかによる
   区分)
 ② 形容詞のタイプ
   (動詞型の形容詞か名詞型の形容詞かによる区分)
 ③ 名詞の数のカテゴリー
   (名詞の複数形が文法上義務化されているかどうかに
   よる区分)
 ④ 名詞の類別タイプ
   (名詞に性別区別があるかないか、数詞があるかないか
   による区分)
 ⑤ 造語法の手段としての重複
   (同じ言葉を繰り返して使う重複造語があるかないかによる区分)
 ⑥ 動詞の人称標示
   (動詞の人称変化があるかないかによる区分)
 ⑦ 名詞の格標示
   (名詞に主語・目的語を区別する格標示があるかないか
   による区分)
 ⑧ 1人称複数の包含・除外の区別または包括人称
   (1人称複数に包含(相手を含む)・除外(相手を含まない)
   の区別があるかないかによる区分)

 このような言語の基本的な性格は語彙の変化に比べて長期的(数千年以上)に安定している、という根拠により言語を区分化することにより、先史言語のルーツを探求できるとされる。
 この類型地理論により、日本語、朝鮮語、アイヌ語、ギリヤーク語(以上の4言語は全て孤立言語とされている)という日本海を取り囲む言語に非常に密接な関係があることが明らかにされた。この4言語は環日本海諸語と名づけられた。
 この4言語は上記の①~⑤までが共通であり、特に先史日本語と先史朝鮮語は①~⑧まで共通となっている。

 以上の成果を基に人類学的な成果を合わせると、日本では縄文時代(1万6千年前頃から3千年前頃)の早い時期には日本全体(北海道から琉球列島)に広がった縄文人が先史日本語と概称される言語を使っていたと考えられる。
 ただし、地域語・方言は数多く存在し、統一日本語なるものは存在しなかったはずである。それでも、1人称単数は「k-型とn-型の混在」、2人称単数は「ma/mi」という環日本海諸語4言語の共通の基本語彙は日本全般で使われていた可能性が高いと推測される。

 すなわち、縄文時代(場合によっては後期石器時代)に日本語の源流があったと言えるのではないか。

 なお、日本語(古語)と朝鮮語(古語)には、畑・鉈・笠など農耕に関わる文化的な共通語彙が多く存在したが、これは縄文語ではなく弥生時代の日本・朝鮮の文化共有のなごりとされている。

 世界で現存する言語の中で極めて異色の日本語ではあるが、1万年以上前には日本海を取り囲んで親しい仲間がいたことが明らかになった。
 松本博士の研究成果に感謝したい。


[参考文献など]
 KOzのエッセイ#031 「日本列島の形成」
 KOzのエッセイ#036 「日本人の源流」
「世界言語の中の日本語 - 日本語系統論の新たな地平 -」松本克己著(三省堂 2007年12月初版)

 他。