#069 DNAで人生は決まるのか?

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DNAで人生は決まるのか?


 一卵性双生児の指紋は同じであろうか?
 この双子が同じ指紋を持つ可能性は、一卵性双生児ではない人が同じ指紋を持つ可能性と同様であり限りなくゼロに近い。
 一卵性双生児はDNA(遺伝子の塩基配列)が全く同じであっても、①指紋は異なり、また②一生その指紋の紋様が変わることはない。

 このことは何を意味しているのであろうか?
 まず、①のDNAが同一であっても体の特徴のひとつである指紋が異なる、ということは指の形は間違いなくDNAで決定されており双子のどちらの指か区別がつかないほど似ているが、その指紋はDNAによって直接決定されてはいないために異なっている、ということになる。
 次に、②は指紋はたとえ傷や火傷を受けても生まれた時と同じ紋様に元どおりに再生される、ということであり、DNAによる遺伝形質顕現とは別の仕組みによる個体細胞レベルの形質顕現機能(「エピジェネティクス」とよばれている)が働いている、ということを示している。

 一卵性双生児は生物学的にはクローンであり、二人の体の全ての細胞は、たとえそれが指紋を構成する細胞であろうと、同一のDNAを持っている。しかしながら、指紋の違いが示唆するようにDNAで体の全ての形質が決まってしまうこととはなっていない。三毛猫のクローンが作れないのもこの理由による。

 人の身体上の形質が先天的なプログラムコードであるDNAで全て確定してしまうものであるのかどうか、もしくは後天的な環境要因などによって変化するものなのかどうかは、一般には比較しようがないために抽象的な論議はできても確たる断定はできない。ところが一卵性双生児の場合には全く同一のDNAを持つふたつの別の個体であり、身体上の特徴だけではなく病歴や性格・知能、更には生活全般にわたっての行動様式までも比較ができるために、DNAによって何がどの程度まで決定され影響されているかを見ることができる。

 一卵性双生児に起きていることは、同様にDNAによってプログラムされている全ての人々についても同様に起きているはずであり、帰結として、全ての人は(ヒト以外のDNA型の生物全般についても)「DNAによってのみ体の形質が全て決定されているのではない」と言うことができる。
 しかし、この表現に関しては極めて慎重な言い方が必要となる。
 確かに、指紋はDNAが直接決定していることではない、と言えるが、人には必ず指紋があり、その指紋も星型や幾何学文様ではなく何重にも流れる渦曲線となっている。これは、指紋の紋様(パターン)はひとさまざまであり多様ではあるが、そこには何か共通した基本デザインとでも言うべきか紋様の基本ルールとでも言うべきか、いずれにせよ指紋の紋様を形成する基本プログラムがあると考えるべきである。
 そうであるならば、この基本プログラムもまたDNAによってプログラムされていると言わざるを得ない。
 要約すると、DNAによって体の基本構造をなす形質が決定され、更に、受精卵が誕生して個体が形成される途上で環境(母親の胎内)からの何らかの影響(不確定要因)によって最終的な条件が確定するようにDNAによって体の付属的な形質も決定されている。
 卑近な言い方をするのであれば、母親が十分な栄養を保持しているかそれとも飢餓状態にいるかによっても胎児の体の形成に影響を与えことになり、DNAだけによって全てが決まるということは事実に反することは元々推測されていたことではある。
 このようなことを踏まえて上述の表現を精確に言い換えると、「DNAは体の全ての基本形質を決定し、エピジェネティクスが働いて外的要因を取り入れて全ての付属的な形質が形成される」となる。
 ここで基本形質とは顔形や手足・指、内臓、血液や皮膚の色などを指しており、付属的な形質とは指紋、手相、唇のしわ、腸や内臓の細かいしわ、脳内の神経網の細かい3次元構造、皮膚の汗腺の分布、栄養状態に対する内分泌的対処などを指している。

 以上のように、受精卵が誕生し出産に至るまでの期間において、DNAのプログラムに基づき胎内環境とも呼応しながら体が形成されている。

 このように生まれた嬰児は受精卵が誕生した時点でDNAが確定し、そのDNAのプログラムに基づき母親という密接な環境の中で影響を受けた結果として誕生する。
 ここで、受精卵のDNAが確定するための原因環境も忘れてはならない。両親のDNAからは最大限の原因と影響の元にDNAが確定するわけで、このDNAの確定という出来事は両親の祖先からの永い歴史と環境の変遷が原因となっており、また、受精卵が誕生するさいにも何億という選択の可能性の中からDNAが確定していることを忘れてはならない。
 DNAが確定したこの出発の時点にDNA誕生の原因と結果が全て含まれた誕生でありDNAの確定であるということが重要と思われる。換言すると、DNAが出産までの体のほとんど全てを決定すると言う際に、DNAが背負った全ての過去の原因が結果として含んだDNAが出産までの体のほとんど全てを決定する、と言うべきであろう。

 次に、出産以降についてDNAがどの程度、身体、精神活動、社会行動など総態としてのいわゆる人生を決定するかについて述べることとしたい。

 これについても一卵性双生児に関する比較研究から示唆を得ることができる。
 過去において数万人以上の一卵性双生児について研究がなされている。(ほぼ)同じ環境で育った双子や、生まれた時から全く異なった環境で育った双子、中にはサヴァン症候群の双子などについて、身長・体重などの身体的数値、家庭環境、ガンなどの病歴、事故歴、性格、人間関係、趣味趣向、絶対音感などの能力、IQ、仕事の嗜好、結婚、寿命、など多面的な比較研究が積み重ねられている。
 これらの研究の結果として、たとえDNAが同じ一卵性双生児においてもDNAが大きく影響を与えることは否定できない事実ではあるが、出産後ですらエピジェネティックスによる食物やその他の環境要因からの影響は無視できない程大きいことが明らかになっている。
 更に、身体(肉体)だけではなく、人は精神活動が身体にも相互に影響を与え続ける存在であり、また社会の中における行動・活動があることによってもさまざまな心身にわたる影響を受けて変化をしている。このため一卵性双生児といえどもそれぞれ異なる環境(生きている物理的な場所、家族・社会の中での場も同一の環境にはなりえない)により心身共に差異が生じている。
 全ての人は、出生後もDNAだけではなく環境との相互関係が総態として人の全てを形作り、これを人生とよぶのであれば、人生は先天的かつ後天的な両面の原因が融合した姿で結果として形作られるというのが真実であると言えよう。

 DNAが人生を決定するか? DNAが人の運命を決定するか? その答えは、「必ずしもそうではない」と断定しておきたい。

[参考文献など]
 KOzのエッセイ#003「メロンの紋様」
「双子の遺伝子」Tim Spector著(ダイヤモンド・グラフィック社)2014年9月
http://ja.wikipedia.org/wiki/双生児
http://ja.wikipedia.org/wiki/ゲノム
http://ja.wikipedia.org/wiki/エピジェネティクス
http://diamond.jp/articles/-/16066 エピジェネティクスとは何か?
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no26/well_koho26.htm 警視庁広報